博士論文要旨
( 東京理科大学, March 1998 )

Research on the Electromagnetic Susceptibility
of Equipment Housing with an Aperture

筐体に開口部を有する装置の
電磁的感受性に関する研究
東京理科大学大学院博士課程(社会人特別選抜) 小暮裕明 Hiroaki KOGURE

-論文の要旨-

 近年,通信装置やパーソナルコンピュータは,小型・軽量化の強いニーズにより,回路実装の集積度が高くなっている.またこれに伴い,装置を構成する回路素子は,より微弱な電力で動作するように設計されるため,隣接する電気機器から放射される電磁エネルギーの影響を相対的に受けやすくなっており,周囲の電磁環境に対する感受性(以下サセプティビリティ)を極力抑えなければならない.また電気・電子機器等の人工システムの用途はいまやわれわれの生活になくてはならない重要なものとなり,心臓ペースメーカの電磁波障害をはじめ,電磁環境の問題が社会に及ぼす影響も大きくなっている.このような状況が今後ますます増大することを考慮すれば,人工システムの電磁環境に対する感受性を低下させて妨害排除能力(以下イミュニティ)を高め,電磁障害を抑制することがきわめて重要となってくる.このように電磁環境と人工システムが両立できる性質( 両立性)をEMC ( Electromagnetic Compatibility ) といい,電気・電子機器を設計するうえで最も考慮しなければならない.
 従来,電子回路から非意図的に放射される電磁界の問題や,それらが他の回路へ電磁結合するクロストークの問題が数多く研究されてきた.また開放された環境に設置された電子回路が外部電磁界から受ける影響については実際に測定も可能であり,イミュニティあるいはサセプティビリティに関する研究がなされている.しかしながら,実際の装置では電子回路は筐体内に収納されて動作する.従って,電子装置の設計にあたっては,電子回路単体のみならず,筐体内に実装した状態によって発生する問題を解決する必要があるが,これらに関する研究報告は,これまでほとんどなされていない.

 本論文は,外部の電磁エネルギーが,装置筐体の開口部を介して筐体内部に侵入したときの,装置の電磁的感受性について論じたもので,特に,筐体および開口部の構造と寸法のみから,結合エネルギーの高い周波数,回路位置,および結合レベルの特定ができることを,解析・測定により明らかにしたものである.  本研究は,特に筐体内の電磁界を数値解析して,開口部の境界条件によっては筐体の寸法から考えられる共振モードが発生しないことを見いだしている.また,外部電磁界が内部に結合する電磁界のレベルを推定するために筐体開口部と筐体内を表す等価回路を提案し,結合する電磁界のレベルを予測するための式を導出している.更に,この推定値を用いて,数値解析を行うことなく,回路に誘導される電流値を求める方法を提案している.これらの結果,電磁的感受性を考慮した回路実装の設計のための多くの有用な知見を得るに至った.

 本論文は,7つの章で構成されている.
 第1章「序論」では,筐体に開口部を有する装置の電磁的感受性に関する研究の意義とこれまでの研究経緯を示し,本研究の目的を説明するとともに各章の概要を示している.

 第2章「電磁界解析」では,多層プリント回路の電流分布や,筐体内部の電磁界を解析するために用いた数値解析について論じている.本研究では,構造全体の電流分布を解析し,問題となる箇所を定性的に探る手段としてモーメント法を使用している.また,開口部を有する筐体の共振特性を求めるためにはTLM法を用いている.なぜならば,密閉された筐体は理論的には無数の共振周波数を有し,モーメント法を用いてこれらの共振周波数を求めると,数多くの周波数で繰り返し解析する必要があるからである.このように本研究では解析する問題によって最適な電磁界解析の手法を選択している.


(Magnetic field distribution between PCB layers)

 第3章「開口部を有する筐体の共振特性」では,開口部を介して外部の電磁エネルギーが筐体内に結合し,筐体が共振する固有モードについて数値解析を行い,筐体の共振周波数を求めている.また,製作したモデル筐体の共振周波数の測定結果と比較し,よい一致を得ている.中央に開口部を有する筐体では,共振モードにともなう筐体面の電流を開口部が切ってしまうため,基本モードであるTM011 は発生しない.したがって最初に発生するモードはTM111であり,順にTM211,TM410,TM411となる.また,これらの途中のモードであるTM112,TM113 . . . などについては,これらのモードにともなう電流を同様に開口部が切ってしまうため,発生することができない.更に,開口部の位置を変えて筐体内の電磁界を解析した結果,やはり筐体の寸法から考えられる共振モードが発生しないことも見いだされ,電磁的感受性を考慮する回路実装の設計に有用な知見を得ている.



(Measured S11 and Electric field Ex inside housing)

 第4章「筐体開口部を介して結合する電磁界の予測」では,外部電磁界の強さから,内部に結合する電磁界のレベルを推定するために,筐体開口部と筐体内を表す等価回路を提案し,結合する電磁界のレベルを予測するための式を導出している.第3章において,開口部を有する筐体内部の共振特性を示した.筐体内に設置されたプリント回路は,筐体の共振により,その電磁界の影響を強く受ける.結合レベルによっては,電子機器が誤動作する可能性が高いことから,外部電磁界の強さと,筐体,開口部の各寸法のみから,内部に結合する電磁界のレベルが求められれば,電磁的感受性を考慮した設計に有用である.開口部を含む平面Tの左側遠方から,平面波が特性インピーダンス377Ωの伝送線路を筐体に向かって進行し,Tで開口部を介して,Tの右側の筐体に結合しているとすれば,この問題は,Tの左側の回路と右側の回路を,理想トランスで結合した等価回路として表現できる.ある特定のモード(ここでは最低次の基本モード)で筐体内が共振しているとき,筐体はRLC直列共振回路として表現できることから,筐体の開口部を介して外部電磁界が筐体内部に結合し,筐体内が共振に近い状態の等価回路は,上記の等価回路に,開口部のアドミタンス,筐体の非共振モードのサセプタンスを並列に接続した等価回路として表現できる.そこで,開口部の左側(筐体外部)と右側(筐体内部)を分離して考えることにより,等価回路の各定数を決定するための式を導出した.また,導出の過程で,開口部の入力インピーダンスの値が不可欠であることがわかったため,筐体開口部の入力インピーダンスを定義し,これにもとづき,TLM法により,その値を求めている.更に,数値解析の妥当性を検証するために,モーメント法によって求めた値と比較し,よい一致を得ている.また,導出した予測式に実際の値を代入して求めた推定値と,数値解析の値とを比較し,よい一致を得ている.

 第5章「筐体に開口部を有する装置の電磁的感受性」では,開口部を介して外部の電磁エネルギーが筐体内に結合し筐体が共振しているとき装置の電磁的感受性が大きいという定性的知見を第3章において得たが,これを定量的に評価するために,筐体内にプリント回路を設置し,外部から照射された電磁界によって回路に誘導される電流を,TLM法により解析した.さらに,より複雑な構造の回路について解析し,筐体内に配置した多層プリント回路に,どの周波数でどれだけ電流が誘導されるかを求め,多くの有用な知見を得ている.

 第6章「電磁的感受率の定義」では,広く用いられている概念的な用語である電磁サセプティビリティを,物理量として表すための試論を述べ,電磁的感受率という物理量を定義している.さらに,解析により求めた値から,ここで定義した電磁的感受率を求めている.

 第7章「結論」では,本研究の全般に対する結論と,得られた成果についての総括を行っている.

本論文の主な成果は,以下のとおりである.
(1)多層プリント回路の電流分布や,装置筐体内部の電磁界を解析するために, 解析空 間を3次元にモデル化した,モーメント法及びTLM法が適していることを見いだした.
(2)筐体の開口部を介して外部の電磁エネルギーが装置内に結合し装置が共振しているとき,装置の電磁的感受性が大きいという定性的知見を得た.
(3)装置内の共振は,開口部の境界条件によっては筐体の寸法から考えられる共振モードが発生しないことを確認し,電磁的感受性を考慮する回路実装の設計に有用な知見を得た.
(4)既知の外部電磁界と,筐体及び開口部の寸法のみから,数値解析によらず,内部に結合する電磁界のレベルを推定するために,筐体開口部と筐体内を表す等価回路を提案し,結合する電磁界のレベルを予測するための式を得た.
(5)筐体外部から照射された電磁界によって,装置内に設置されたさまざまな回路に誘導される電流を解析し,電磁的感受性に関する多くの知見を得た.
(6)広く用いられている概念的な用語である電磁サセプティビリティを,物理量として表すための試論を述べ,電磁的感受率を定義してそれらの値を求めた.

 以上,本論文において得られた結果は,電磁的感受性を考慮した回路設計に対して,多くの基礎的知見を与えるものであり,今後,電気・電子機器のEMCの研究を進める上で大きく貢献できるものと考えられる.


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